登山、ハイキング、旅行、そして懸賞、年金生活の中でいかに工夫しながら暮らしていく様子を見て欲しいです


by rasujiro
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介護4  生き方死に方

あんなに、帰りたいって騒いでいたジジ様
もう、騒がなくなりました、
でもRにスッカリ馴染んだようで
ソファーでいつも横になっています
まるで、ジジ様がお家に居る時に、いつもテレビの前で
寝たまま老人をしていた時と全く同じ姿で
ソファーの肘を枕に、短い足を組んで横になっています
金柑達が、面会に行っても、寝たまま老人の格好でお話します。
お家に居る時と全く同じです
金柑達(ババ様も)とても気持ちが楽になりました。
でも…ジジ様痩せてきました
何か、目に活気がありません

施設の人に聞いてみると
ジジ様、時々食事を拒否するって
拒否しても、少し時間を置いてもう一度声をかけると
また食べてくれたり、それでもアカン時もありますってお話聞きました
ジジ様、元々が食べる事あまり好きではなかったので
何となく納得

Rからは週に一度くらいジジ様が転んだ
熱が出たと、電話があり、そのたびに金柑病院に走ります
何度も転び、熱を出すジジ様
この後、熱でも一度、入院させてもらいましたが
どれも、たいした事はなく
あ~ジジ様は、こうして少しずつ弱って行くのやろな~って思っていました

そんな、ある日Rから電話ジジ様が、また転んだって
金柑、また病院に走りました
その時の、ジジ様の表情何か今までと違っていました
何か?オドオドした?違うかな?落ち着かない目??
違うかな?いたずらをしていた子供がいたずらを見つけられたときのような目???
少し気になったのは確かです
でも、ふと見たらジジ様お漏らししてました
幸いにも金柑、ジジ様の着替えの洗濯したもの持っていたので
付添って下さった看護婦さんが着替えさせて下さいました
お漏らし、してたから、あんなにオドオドした目をしていたんだと思いました
柚子ちゃんや。ポンカンにも、もちろん連絡したんやけど
これまでに、何度も柚子ちゃんや、ポンカン駆けつけてきてたし
ラス次郎が、この時帰ってきたので病院まで来てもらいました
だから柚子ちゃんとポンカンは、来なくてエエって事で
、二人で先生のお話聞きました
、大丈夫って事でジジ様はRに戻りました。

そして次の朝8時半過ぎRから電話
ジジ様の様子が変なので、今から救急車を要請します
でも、ジジ様がかかってる病院も9時前になれば、脳外科の担当の先生がこられるので
一番に診てくれるそうです。どうしますか?って
今から、救急車を呼んで、どこの病院に搬送されても9時にはなるし
それなら今までお世話になった先生にって思って○病院をお願いしました。

まずは柚子ちゃんと、ポンカンに電話
そして金柑、病院に走りました
病院で待っていると、しばらくしてジジ様が来ました
ジジ様の、表情あきらかに変です

(T_T) ウルウル

表情が、普通ではありません
ジジ様、みたらヤッパリ失禁しています(
オムツしてるのに???ズボンが濡れています
でも、昨日みたいにオドオドしていません
金柑の顔を見て「助けて~」って目をしています
でも表情は、完璧何処かの世界に行ってます
顔もすりむけています。
ヨダレが、信じられないくらい出ています
金柑にすがるような、悲しそうなジジ様の目!
金柑、自分がお世話出来ないから施設にお願いしてるんやから
絶対、失礼な事は言いたくないんやけど
金柑、出来るだけ感情を押さえて
いったいどうしたのか?聞きました
朝、起きたら様子が変だったのお話
素人の金柑には、それ以上の質問をする能力はありません

診察室に入り、先生がジジ様の顔を見るなり
「いったい何をした!」とRの看護婦さんに言いました
とても、優しい先生で、こんな厳しい言い方始めて聞きました
「いったい何をした」?????
この言葉の意味を理解するまで、金柑ダイブン時間がかかりました
先生に「先生、何をした?って・・・どう言う意味ですか?」
先生は、金柑の顔を見ながら、家族さんにもチャンと説明してくれ
「いったい、何をしたんや!」
昨日は頭を打って連れて来た、昨日の夜や!
そして、今朝また新たな、この顔面の傷
「何をしたんや!」
金柑…やはり理解できません
「先生、父の表情、昨日と違ってあきらかに変ですよね?やっぱり頭に血が溜まってますか?硬膜外?
マタ手術?」
先生「あきらかに、これは、とても危険な表情や、昨日とは全く違う!だから何をしたんや!って聞いてる」

Rの看護婦さんマゴマゴしています
トロイ金柑も、やっと分りました
看護婦さんに「いったい何があったのですか?言って下さい」って言いました
看護婦さんの、お話では起きたらジジ様の様子が変だった
慌てて、着替えさせて畳みの所に座らせたら
ジジ様、前のめりに転んで顔面を打ったらしいです。
転んだ」所は」見ていないらしいです。
先生は、今状態のジジ様を座らせて、ほったらかしにしたのが、許せない様子。
畳みに座っていて、前に転んだとして、ここまで怪我するか?も疑問に思われた様子
とにかく、処置が必要!てことでまずはCT
色んな検査で待ってるうちに、Rの看護婦さんだけが呼ばれて
先生とお話????
出てきたRの看護婦さんは、爺様、脳挫傷やて入院やからって
書類を作り、帰ってしまいました
ジジ様が、昨夜何故転んだのか?何度聞いても誰も見ていなかったので
分らないの説明「小さな声で。誰かとぶつかったんかな??」
前回の時と全く同じ答えです
結局、ジジ様の転倒の原因は分らないまま
ジジ様は、脳挫傷で言葉と視野を失いました
歩く事も、自力で座る事も出来なくなりました。
でもまだ、この時は食事だけは出来ました
食べさせてもらって、やけどゴックンは出来ました

私たち。またまた24時間の付添い始めました
この脳挫傷でジジ様は左右の脳が壊れてしまいました
でも、不思議な事に、認知は治っています
ただ、言葉が話せないだけで、こちらの言う事は理解しています
短期記憶も中期記憶もちゃんとあります。
ジジ様、食事は、頑張って食べてくれるんやけど
よく熱を出すようになりました
ジジ様、一日中眠っています
ほとんど毎日熱が出ます
ジジ様、どうも食事を上手にゴックン出来なくなっていたようで
誤嚥肺炎を何度も繰り返したいたようです。
一日中眠ってるいる、ジジ様、ジジ様の手の色に血の気がなくなってきました。
この時、先生からジジ様は、もう口からの食事は無理って事で
イロウを進められました
私たちは、何度も話あいました
ジジ様も、ババ様の延命処置は拒否していました
ジジ様、ババ様が元気だった頃
よく言いました、寝たきりになったり、認知になったりしてまで生きていたくないって
娘の苦労をかけたくもなし、自分も。そんな姿で生きたくないって
だから、施設に入れて欲しい、延命処置はしないで欲しいって。

イロウは延命処置って書いてありました。
3人で何度も何度も話しました
イロウに、して元の生活に戻れるなら
迷わずします
でも、脳挫傷で壊れた脳はもう、戻らないのです
そこで3人が出した答えは
3人が交代で実家でジジ様とババ様を見ようって決りました
イロウは断る、生きるのに最低必要な点滴だけしてもらって
ジジ様と、ババ様を実家で介護しようって
私たちの、考えを夫やお姑様は納得してくれました
私たち、娘が気がすむようにすればエエ
ただ、私たちの体を大切にして欲しいって条件だけつけられました。
その考えを病院にお話しました

私たちの考えてる事が、どれだけ大変な事か
私たちだけじゃなく、最低限の点滴で生きるって事は
徐々に、時に何年もかけて衰弱していき、餓死して行くのだ
それは、とても苦しい死に方だって聞きました

それを、聞いたら、いくら何でもその方法は取れませんでした。
それに、タンもチューブを喉の奥に入れて
家族が取らなければいけないそうです
怖い、怖いです
失敗して、喉を突いて死なせてしまったら・・・・

それならば、イロウをするしかありません

ババ様反対しました、すごく反対しました
でも、他にどんな方法があるのでしょうか?
ジジ様、ババ様の、願いは叶えてあげたい

84年も頑張って生きたきたのに
戦争や辛い時代を生き抜いて
そして最後の最後も自分の思うようにさせてもらえないのでしょうか?
ババ様、ジジ様に、そんな可哀想なことしないで!って言います

金柑も、ジジ様ババ様の思うようにしてあげたいです

でも、何年もかかって、少しずつ餓死…
そんな死に方、ジジ様もババ様も理解していたのでしょうか?
私達でさえ知らなかったのに

それならば、イロウにして、少しでもジジ様が楽しめる環境を作ろうって
事でイロウを決心しました。
でも結果的にジジ様イロウは出来ませんでした
ジジ様、若い頃に胃潰瘍で胃の手術をしていて
胃が肋骨の下にしかなくiイロウは無理だったのです

残るは、鼻からのチューブと24時間点滴
ジジ様、すぐにチューブ抜いてしまいます。

しかたがないので24時間点滴をする事に
これは、ペットボトルの蓋くらいの大きさの
ポートを肩の近くに、埋め込んでもらって
心臓近くの静脈に24時間かけて
高カロリーな栄養を送りこみます
これは、イロウと同じくらいの効果があり
餓死することはありません。
私たちは、手袋以外の、一切の拘束を拒否しました
かりに、それが原因で何か医療事故があっても
悔いは残りません、決して訴えるつもりもありません
ベットに括りつけられてまで、の治療は考えられません
だって24時間の点滴やから
これを認めたら24時間、拘束されるって事になってしまいます
そんな、患者さんたくさんいます

お話、またまた長くなちゃいました
今日はココまでにさせてもらいます。
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by rasujiro | 2010-09-30 11:05 | ジジ様、ババ様
Rに入所して、しばらくジジ様ようやく馴染んできたようで
帰りたいって言わなくなりました
同じ認知病棟でも、お話、出来る方が数人いらっしゃるみたいで
その方と一日中お話されているようです。
私たちが、面会に行っても帰りには、手をふってくれるようになりました。
そんな、私たちの気持ちもホットしかけた夕方Rから電話
ジジ様が転んで頭を打ったので、いますぐ○病院に運ぶので来てくださいって
まずは、金柑車に飛び乗りました
もし、ジジ様にもしもの事があったら!
看取れるのは金柑しかいない!って思ったからです
金柑のお家から○病院まで10分もあれば行けるのですが
ぶっ飛ばしました、今までした事のない運転で
キュッキュッキュと追い抜いてぶっ飛ばしました
そして救急の受付に「ジジ様来てる?」って聞きました
受付の方は、連絡はあったけどまだですって
よく考えたらRからは車で20分かかります
金柑5分くらいで着きました
あそこまで、慌てる必要はなかったのです。
ジジ様を待ってるうちに、柚子ちゃんとポンカンに連絡しました。
それから、まだかまだかって気持ちでまって
やとジジ様が来ました
ジジ様、元気そうです
ジジ様が転んだ原因は分りません
みたら、仰向けに転んでいたらしいです。
素人目からみれば、大丈夫って思いましたが
一応入院って事でまたまた入院そして24時間付添い
ジジ様、まずは観察室に、でも今回はすぐに
病室にうつされました。
金柑、その時気がつきました
ババ様Rにも○病院にも一度もお見舞いに行っていません
ジジ様の付添いで忙しくってババ様連れて行く時間がありませんでした。
何度か柚子ちゃんが誘ったのですが、体調が悪いって行きたがりませんでした。

柚子ちゃんが奈良に帰った日でした。
べつに、柚子ちゃんが居ない日を狙ったわけではありません
金柑・・・突然思いついたんです
思いついたら、すぐに行動にうつさなければ気がすまない金柑
ジジ様を看護婦さんに、お願いしてババ様を説得しに実家に行きました
ババ様、金柑が行った時は元気やったんやけど
ジジ様に会いに行こうって言うと
急に息がシンドそうになりました
行きたい、会いたいでも・・・・何故かシンドイって
金柑、ババ様に言いました
嫁さんなんやから、シンドクテモ行かなアカンって
シンドクなっても病院や心配ないって
それと、この機会にジジ様に
今まで偉そうに言った事。ゴメンねと、ありがとう言わなアカン
って無理やり連れて行きました
病院に入るまで、ババ様すごくシンドそうでした
ジジ様に、会いに行く途中
看護婦さんが「あら~この方がババ様~酸素されてるの?頑張って来てくれたんや~すごい!」って
ババ様を褒めてくれました
ババ様、この時から気分が少し落ち着いたようでした。

ババ様ジジ様に会ったとたん息が楽になったようです
そして金柑に促されてババ様らしい言い方でジジ様にお詫びとお礼の言葉
照れくさそうに、高飛車な言い方で謝るババ様に
ジジ様らしい「いいよ~」の優しい一言
その後、照れくさそうにしてる、二人の手を
こんな時は、手をつなぐもんや!って無理やり手をつながせたら
二人とも…手を離しません~
本当に、厄介なお年頃です


今回はお顔消さないでいくね~
だって、お空に行ったババ様や、病気で苦しんでるジジ様の
お顔けすの忍びないんだもの~
エエよね?ババ様
ジジ様は、目立つの好きやから平気やね?
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この時のジジ様の入院は1週間
1週間後は素直にRに戻りました

その後。Rにもババ様と面会に行きました
ババ様、自分はジジ様よりも長生きしたい
ジジ様の負担を子供達にかけたくない!って
私たちが子供の頃から言っていました
おそらく、ジジ様にも言い聞かせていたのだと思います
そやのに、今の自分はジジ様の事何もできない
そんな自分がジジ様に会うことが辛かった
会わせる顔が無かったンやと思います
でも、看護婦さんも自分の事、理解してくれた
ジジ様も、今までと変わらない気持ちでババ様に答えてくれた
ババ様の気持ち、ずいぶん楽になったのだと思います


今回はココでお話終らせてもらいます。
PC大丈夫みたいです
接触が悪かったんやろか???
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by rasujiro | 2010-09-28 10:14 | ジジ様、ババ様
ジジ様が怪我をして、入院した、とたん弱気になったのか
今まで体は弱いけど気丈だったババ様が目に見えて弱ってきました
肺の状態は、ジジ様が元気な頃と全く変わらないどころか
血液中の酸素の量は、良くなってるんだけど
見た目にババ様弱っています。


ジジ様、とても歌が大好きで
入院中、じっとしなくて何度もベットから抜け出そうとしたり
点滴の針を抜こうとします。
そんな時「ジジ様歌を歌おう」ってジジ様の気をそらすと
とても、ご機嫌よく大きな声で自慢の喉を聞かせてくれます
同室の人には、ご迷惑かな?って思いましたが
ジジ様が居る、病棟は重症患者が居る所
それも脳外科なんで、騒ぐ人がいるの
どうも、ジジ様その中でも特別?って判断されたのか
一日中、叫んでいる人と同じお部屋だったの
4人中、ジジ様を含めて3人が騒ぎます
後の一人の方はとても、エエ人で
ジジ様が歌い始めると、付き添いの奥様と一緒にジジ様の歌を
聞きに来てくれて「おっちゃんエエ声や~今度は北島三郎歌ってや」って
ニコニコ笑いながら言ってくれます。
この方は、脳外科ではないので、普通の人です。
ジジ様も、褒められれば調子にのるので
何曲も歌います。
こんな状態のジジ様を自宅で見るのは至難の技です

お家での介護が難しくなった人は
介護保険を使って
グループホーム
老人保健施設(老健)
特別養護老人ホーム(特養)
でお世話をしてもらえますが
今はどこもイッパイで、まずはグループホームで老健の空くのを待ち
次は老健で、特養が空くのを待つって言うのが順序のようです
ただ、年金生活のジジ様、ババ様、年金内で生きていかなければいけません
グループホームは、年額で言うとチョット高いです
そのチョットが多少の貯えはあっても、お年よりはとても不安なようです。
いくら、私たち娘が大丈夫って、説明しても不安は拭い捨てれない様子
それならば!って事で3姉妹で回れるだけの施設まわりました
たまたま、ある特養で増床があったみたいで
老健から、そこの特養に行った人がいて
Rって言う老健が空いていました。
老健なら、ジジ様の必要経費を支払っても
年金内でババ様の生活費は出ます。
急いで入所の申し込みをして、Rからジジ様の面接をしに、病院まで来てくれる事になりました。
面接に来てくれた、老健の人にジジ様の趣味はって聞かれたので
歌って答えて、
ジジ様ご機嫌で老健の人にも何曲か披露しました
そして、褒めてくれたら、何とも言えない可愛い笑顔で笑います
老健の人も「かわいい~ぜひ、ウチに来てください」って面接は合格!
医療を必要としない寝たきりの方の場合は、何処でも受け入れはしてくれるのですが
歩ける認知は、どこも嫌がるようで、正直ホットしました

6月2日本人ともども、大喜びで入所の日を迎えました。

○病院を退院してジジ様はRからのお迎えの車で
柚子ちゃん、金柑、H兄ちゃん夫婦(ジジ様の弟夫婦)はそれぞれの車で
皆でRに行きました
ポンカンはお仕事で、この時は行けませんでした。

Rには、普通病棟と認知病とがあります。
ジジ様、とても穏やかなので、普通病棟でもエエんやけど
普通病棟の方はエレベーターにロックがかかっていません
まずは様子を見るって事で認知病棟に入りました。
認知の人が沢山居るって事は
正直チョット雰囲気が違います
普通病棟では、ガヤガヤと、色んな人の声が聞こえるのですが
認知病棟は異常に静かです。
叫んでる人は居なかったけど静かすぎます。
人との会話が無理な人がほとんどです。
ジジ様、ちゃんと会話できます
ここが、何処かは、分らないし、勝手に歩き回るし
お外にも出ようとするけど・・・お話はチャンと出来ます。
金柑達、全員ここではジジ様、可愛そうって思いました
でも、少しの間やから、すぐに普通の所に入れてもらえるって思って、まぁエエか?
って思ったのが、間違いでした
老健で、楽しく歌を歌ってリハビリしながら元気で暮らそうって思ってた
ジジ様の表情が、とても怖い顔になりました
あの顔は、柚子ちゃんと金柑が小さい頃に兄弟喧嘩をして
ジジ様にキツク怒られた時の顔です。
そしてジジ様怒り出しました
めったに怒った事のないジジ様が怒りました
ジジ様が怒ったのは、あの兄弟喧嘩のとき以来です
ジジ様、怒ります、金柑に柚子ちゃんに。H兄ちゃん夫婦に
Rのケアマネさんが、こんな時は、知らないうちに
一人ずつ姿を消して下さいって事で
Rの職員さんの協力のもと、一人ずつ姿を消しました
ただ一人、柚子ちゃんは姿を消すのに、戸惑っていました

実家に戻って、泣きました、皆で泣きました
知らせを聞いて、仕事帰り実家に来たポンカンも泣きました
あんなに、嫌がってるのに何とかお家に連れて帰って
みれないか、夜中まで話し合いました
ババ様は何の戦力にもなりません
私たち3姉妹が今住んでる家を引き上げて
2人ずつ組になってジジ様から一瞬の間も目を離さないように
みるしかありません。
少し前に同じ町に住むお爺さんが行方不明になりました
そこらじゅうに,張り紙が貼られて探されましたが
何処かの池に浮んでいたのが、見つかったって聞きました
今のジジ様、何処へ行っちゃうかも分りません
山に入り込んで、道に迷うかも?川に流されてしまうかも?わかりません
いくら介護の手を借りても無理やし
この方法にはババ様が断固反対しました
娘には、自分達の介護の苦労は、かけたく無い
でも、今の自分にはジジ様を介護する力は無い
口には出さなかったけど、今思えばババ様の一番辛い時期だったかもそれません。
ジジ様、認知は治らないけど、体力は、ドンドン付いてきました
今まで病院でほとんど、寝ていたのに
Rでは歩き回り、帰るって暴れまわるのですから
正直・・・リハビリの必要はありません。
それにくらべ、ババ様弱ってきてます
歩き方もヨボヨボになってきました
でも、肺は悪いけども以前と変わりません
でも、目に見えて弱っていくババ様
内臓的には、今までと変わらないので
私たちには、ババ様に対する事は何をする事も出来ません
私たちに出来る事は、ジジ様に会いに一人が週に1回から2回重ならないように
交代でRに行く事です
そすれば、週に6日は誰かが面会に来る事になります。
それが、ジジ様に対する、娘としての償いです。
私たちは、ジジ様に対する償いで
お医者さんからの、今までと変わらない肺の状態って情報だけで
ババ様のこと、大丈夫やろって思ってしまっていました。
でも、今思えばジジ様が老健で帰るって暴れた事で
一番心を痛めていたのは、ババ様だたんだと今は思います
ババ様は、辛がる私たちに
「しかたないやん」ってクールに言います
クール過ぎるババ様に私たち正直ビックリしました。
でも、今思えば、あの時ババ様がジジ様を思い辛がったら
私たちは、どうなっていただろ?
ジジ様に対する、苦しみとババ様に対する苦しみと
3姉妹の中で何人心が病んでしまって倒れていたかも知れません
そうです、今やから分るんやけど
ババ様は、そんな人です
自分の辛さを隠して、決して大切な人に心配かけない
子供の頃から、くそ真面目過ぎる
金柑に、ずっと遊べ遊べ、女は遊べるうちに遊んでおき
って旅行やらスキーやら、お友達との食事会に、ジジ様の反対を押し切って行かせてくれました
どうも、3姉妹の中で遊びを勧めたのは金柑だけのようです。
そうです、ババ様は私たちの性格を全部わかっていたのだと思います
嫌がるジジ様を施設に入れることが私たちにとって、どれだけ辛い事かちゃんと
分っていたのだと思います
だから、自分はクールな妻を演じて
私たちの負担を軽くしてくれたのだと思います
でも、ババ様の肺は普通に生きてるだけで、イッパイイッパイだったんです。
辛い心に鞭打って頑張れる元気はなかったんだと思います
だから、肺の状態は悪くないのに
心が弱り、歩くのもヨボヨボ、物忘れも急激に進んだと思います
物忘れが、進んでも私たちに心配かけないってババ様の信念はそのままでした


お話、またまた長くなりました。今日はここで終らせていただきます。
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by rasujiro | 2010-09-24 20:53 | ジジ様、ババ様
本当に久しぶりの投稿です
実は、ババ様が亡くなりました
最後の投稿をした頃から、金柑達3姉妹介護に追われて
とてもネットしてる時間ありませんでした
でも、金柑がインターネットでブログをしている事
ジジ様も、ババ様も、とても喜んでいてくれたの
ジジ様、ババ様にには、よく理解できない
インターネットとか言う、難しそうな事を
金柑がやっている事
そして、そこで知り合ったお友達と
柚子ちゃんと楽しそうにお話してることをとても、喜んでいました
ジジ様ババ様に。ブログって言うのは
世界中の人がみてくれる、日記って説明しました
その、ブログに、ジジ様ババ様も何度か登場した事がありました。
その時に、頂いたコメントは、コピーして見せてあげました
自分の知らない人たちが、自分達に温かい言葉をかけてくれてる
その優しさに、涙を流して喜んでいました
年を取ると現役の頃と比べて、少しずつ孤独になって行きます
そんな中で、自分の知らない所で、自分達を認めてくれてる
それが嬉しかったのでは?って思います
目立つのが、大好きなジジ様
今まで表舞台には立った事がないババ様
ババ様は、もう☆様になってしまいました
ジジ様は、もう自分でご飯を食べる事は出来ないで
点滴だけで生きています
金柑、今はまだ、ババ様を49日まで、おまつりしてあげないといけないし
ジジ様の様子も見に行かなければいけないので
ネットの時間ナカナカ取れないんやけど
この時期に、ジジ様、ババ様のこと
ここでお話したくって、今日は更新しました
今、病院で頑張ってるジジ様に
☆様になって、お空から私たちの事見てくれてるババ様に
見てもらえたらって思います

私たち姉妹の気持ち
私たちの夫やお姑様の気持ち
孫達の気持ちが、お空のババ様伝われば
そして闘病中のジジ様の励みになればって思います
今年の3月からの事
少しずつだけどお話して行きたいと思うので
よろしくお願いします



最後の投稿の後ジジ様が転んで頭にタンコブを作りました
この時から金柑3姉妹の介護の日が始まりました
ジジ様っ見た目は、ただのタンコブ
でも年寄りの事なので病院に連れて行きました
一応はたいした事ないけど、経過観察って事でお家に帰りました

金柑達3姉妹で皆、嫁にでてるし
週に1回くらいは実家に行きは、するけども
実際のジジ様の観察はババ様がすることに
このころは、ババ様、とてもシッカリしてました
去年くらいから、ジジ様の物忘れがひどくなったとか
3月に転んでから、歩く時にフラツキが目立ち転ぶ事もあるとか・・・
あれ?変やな?もしかしたら3月に転んだのが原因とか思いながらも
ジジ様見た目は元気もう少し様子を見ようって言っていました。

5月15日ジジ様のお誕生日の日
ジジ様がお散歩中に転んで大怪我をしました
ババ様、金柑に何度も電話をしたんだけど
金柑、ラス次郎の義兄の法事で福井に行っていて
義父母が眠るお墓のお掃除をしていて、どうもそこが圏外だったらしく
携帯も繋がらなくて・・・
柚子ちゃんが、奈良から救急車を要請して、ジジ様は」病院に運ばれました
おそらく、3月に転んだ怪我が原因でジジ様の頭に血が溜まり
脳を圧迫していて、ふらつきが起こり転んだようです
今回の怪我でジジ様、日に日に変になっていき
徘徊、など色々な症状が出てきて
金柑達3姉妹で24時間付き添いをする事を病院から頼まれました
ポンカンはお休み出来ないお仕事を持っています
体が弱い金柑を気遣って柚子ちゃんが夜専門
金柑が昼専門、柚子ちゃんが、もうアカンって時はポンカンが夜替わる
って方式でジジ様の付き添いを始めました
金柑は一日も休みなしやけど、お昼だけ
夜は自分のベットで眠れます
柚子ちゃんは、夜ジジ様の付き添いをして、お家が奈良なので
昼は実家に帰って眠るって事に
でも、そのころからです。ババ様、急に物忘れが出てきました
ジジ様と一緒に暮らして居た時、あんなにシッカリしていたババ様が・・・
ババ様の事、私たち決してほったらかす、つもりは無かったんやけど
ジジ様の24時間の、介護が大変で・・・
柚子ちゃんが、お昼に仮眠に実家に帰った時にババ様のお世話を
する以外はババ様のこと何もしてあげれませんでした。


ジジ様の状態が目に見えて悪くなってきていました。
ジジ様、目も見えなくなってきて
物がすべて二つに見えるようになってきました
ある日、金柑を見つめながら(その頃は柚子ちゃんを93歳。金柑を91歳のジジ様の姉って思い込んでいました)○○・・・双子違うよな?首をかしげながら言います
ポンカンがサクランボと孫のJ君と、双子のK1君K2君を連れて行くと
ポンカンに、えらい子沢山やなって(ポンカンはジジ様の妹って思っています)
サクランボとJ君と、双子のK1君K2君が二人に見えるのだから
ポンカンは8人の子沢山って見えたようです。
そんな症状が現れて
ついいにジジ様、硬膜外血種の手術をする事になりました
手術後は、ジジ様、認知がひどくなり
一人の付き添いでは無理で。二人で付き添いした日もありました
亡くなった、自分の親兄弟が見えるようです。
自分の居てる所が分りません
和歌山にいるのに、マレーシアとか、他の地域を言います
自分の住所もズット前に住んでいた所をいいます。
金柑が住む地域は山や川があります
行方不明に、なられたお年よりもいらっしゃいます。
そんな危険を考えるととても、自宅での介護は考えられないので
老健の入所を決めました。
6月2日病院での治療はもう、無いも無いって事で
退院そしてそのまま老健へ入所しました

お話長くなるので今日はココまでにさせていただきます。
また時間を作ってかならず、更新したいと思っうので
よろしくお願いします。
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by rasujiro | 2010-09-22 09:40 | ジジ様、ババ様